本屋として今思うこと
現在、書店の数はブックショップ程度のものを入れれば2万店を越えるといわれ、ネット書店などを加えればその数はもっと増えるだろう。大型店舗やリサイクル店も増え、お店の中で時間かまわず立ち読みならぬ座り読みができるなど、そのあり方は急速に変化してきた。「確かに変わってきましたね。それは時代の流れなのかもしれません。他の店舗についてどうこうは言えませんし、僕の考えるスタイルでこうしてやってきました。ただ、どんな時代になっても本というものは大事に扱って欲しいと思ってるんです。汚したり折り目を付けたりされるとそれは商品価値を失ってし まう」
これはお客さんにだけではなくて自分も含めて本というものに関わっている人すべてに言いたいこと、と_市さんは続けた。
「商売を別にしても、そう思いますね。世界が広がる特別なものだから」
と1階2階とも天井までぎっしりと並んだ棚を見上げる。
子供たちの本離れについても確かに感じると前置きした上で、「パソコンやゲームや携帯電話が普及したことが大きな原因です。時間もないしね。高尚な難 しいものでなくてもいい。漫画でもいいんです。じっくり読んでほしい」
書店のご主人であれば、さぞや読書好きと思いきや、「まさか〜新刊を全部読 破なんてできません!話題の本や興味のある分野だけですよ。趣味は残念なが らゴルフです(笑)だから書店のおやじとしてはあんまり誇れることはないん だけど、ご先祖様と先代の功績は僕がいうのもおかしいんですが、大きいものでした」。
昔、帯伊書店は「版元(板元)」だった!
帯伊書店は代々主人が「帯屋伊兵衛」を名乗ったことからこの屋号がつけられたという。もともと江戸時代、駿河商人として初代藩主頼宣に伴い和歌山にやってきた帯屋さん。「7代目当主の帯屋伊兵衛志友(しゆう)(1751-1823)という人がす ごい人間だったようです」書店(その当時は書商と呼んだそう)を営みながら 『版元』として出版業にも乗り出し、自身が編纂した『紀伊国名所図会』(紀 伊国全体に関する地誌)を相次いで出版した。(その版木を持っている場合は 板元とも書く)
「大阪やその他の土地への流通経路を開いたこと、出版物以外にもお芝居など の元締めというんでしょうか、窓口というんでしょうかそういうこともやっていた。当時の『文化』というものに深く関わっていた人だったのでしょう。きっと本もお芝居も好きだったのでしょうね。」と高市さんはその頃に思いをは せる。
文化を創る人々を支援し続けたその姿勢はそのまま子孫に受け継がれることになった。
先祖の残した出版文化史を研究
今年6月、先代の故・高市績氏(1928−2005)をしのび『新志友―高市績追悼集』 が帯伊書店から出版された。多くの識者がその功績と績さんとの思い出をつづった形で構成されており、まさしく命を削って『江戸時代紀州若山出版者出版 物集覧』はじめ数々の目録を発表した経緯がその中にある。「先代は和歌山の出版物の資料を精力的に集めていましたね。『紀伊名所図会』の復刻にも力をそそぎました。体もつらいのにそばで見ててその情熱はすごいなあと感心しました」と健次さん。
戦後は焼け野原の堀止で古本を売り、昭和23年からぶらくり丁に店を構え老舗書店の再興を果たした。
「とにかくパワフルなひとでした。亡くなった後も全国からの資料が届き、どれだけの人と交流があったのかと驚きました」と山積みされた大きな封書を指 差す。
帯伊書店が所蔵していた多くの版木と高市績氏編纂の書は和歌山市立博物館に寄贈されている。
私たちはその中に江戸時代を見ることができる。
活気あるぶらくり丁に
「こういう立派な先祖を持つとね、僕は困るんです(笑)そういう才能はな いんですよ(ご謙遜を!)」とにかく先祖から受け継いだ歴史のある帯伊書店を守ること。そのためにもぶらくり丁がもう1度、人が集まる場所にしたい、 という思いが強い。「協力しながらやっていきます」と健次さんは終始笑顔で静かに語った
(有)帯伊書店
住所 和歌山市元寺町1丁目69
TEL. 073-422-0441
FAX. 073-432-3681
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